私は、この地では生まれていません。1977年、東京都の下町で生を受けました。風呂もない4畳半の一部屋の中、家族4人で生活し、手をつないで夜道を歩いて銭湯に行き、川の字になって寝る。そんな家族を身近に感じ、温かみのある生活は今でも忘れることはありません。そんな私は、父の故郷である、この地には5歳の時に移り住みました。それまで隙間の無い住宅群と、車の往来が夜もやまない道路しか見ていませんでしたが、この地に移り大自然に感動した記憶が今も鮮明で、四季の移り変わりになると幼少期の頃に感動した自分を思い出します。今思うことは、その感動がこの地を愛することになったきっかけだったのだと感じます。
 ただ、そんな私は、一度、愛を見失います。
 降りしきる、雪を見るたびに忘れることは有りません。
 私が15歳の12月24日に、父は心臓の病でこの世を去りました。当時の十日町病院では対応できなく、緊急で長岡の病院に行くのに3時間もかかり、たった1時間と言う遅れで生きる最後をみとれなかったという、猛吹雪の日の出来事は、私に死というものが、誰かのせい、この地域のせい、だと反社会的の心を宿し、すべてに無関心をという行動を生みだしました。周りには、愛と言うものを、そそぎ続けた人達がいたはずなのに。そのことに気付くのに5年もの歳月がかかりました。時間を取り戻すことはできないが、振り返ることはできる。そして前に進むことも。この地域の抱える問題も同じことです。
 この地域を愛した自分が、地域の為に何かをしたいという気概になることは言うまでもなく、これまでに公の精神で、様々なことに幾度となく挑戦して現在に至ります。


948-0053 新潟県十日町市錦町2-3

© 小山大志